以前、マンガ『Shrink~精神科医ヨワイ~』第8巻に焦点を当て、精神障害者の就労や職場復帰のリアルな課題のについて紹介しました。まだ、読まれてない方はぜひこちらからご一読ください。
マンガ『Shrink(シュリンク)~精神科医ヨワイ~』にみる“働くという挑戦 ..
しかしこの作品では、第8巻だけでなく、他の巻でも「働く」という営みに直面するさまざまな人々の姿が描かれています。
精神障害を抱える人にとって、「働く」ことは生きがいであると同時に、大きな挑戦でもあります。社会との関わり方、自分自身との向き合い方、偏見や孤立、そして再出発の難しさ…。そのリアルな姿を描き、多くの読者の共感と気づきを呼んでいるのが、この『Shrink』シリーズです。
今回はその第2弾として、発達障害・パーソナリティ障害・薬物依存症といった異なる背景を持ちながら、「働く」ことに向き合う登場人物たちの物語を紹介し、それぞれの挑戦から見えてくる“働く”という意味について考えてみたいと思います。
マンガ『Shrink~精神科医ヨワイ~』とは?
『Shrink~精神科医ヨワイ~』(原作:七海仁/作画:月子)は、精神科医・弱井幸之助を中心に、さまざまな精神障害とその背景にある“生活・社会・偏見”を描く医療×社会派ヒューマンドラマです。2019年から『グランドジャンプ』(集英社)で連載中で、2026年1月現在、既刊17巻。2024年にはNHKで実写ドラマ化もされ、話題になりました。
本作品は、単に病名を描くのではなく、その背後にある家庭環境や仕事、社会的ストレスまで丁寧に描写している点が特徴です。医療の視点にとどまらず、社会制度や雇用、人間関係など幅広い要素を取り上げ、精神障害にまつわる偏見やスティグマに真正面から挑む構成となっています。
大人の発達障害(ASD)と「働く」:才賀真美の物語『シュリンク-精神科医ヨワイ-』1巻~2巻収録
才賀真美は、学習塾で働く女性。彼女は職場で生徒からからかわれ、保護者からのクレームを受け、同僚からも「空気が読めない」と敬遠される日々を送っていました。さらに家庭では「良い子」として振る舞うことを強いられ、常に自分を抑え込む生活です。
そんな彼女が精神科医・弱井幸之助の元を訪れ、自分がASD(自閉スペクトラム症)であることを知るシーンは、まさに目から鱗が落ちる瞬間です。自分の特性を理解することで、彼女は初めて「自分らしく生きる道」を模索し始めます。

(写真 Canva)
しかし、障害のことを親に隠していたために葛藤が生まれ、そこから彼女が一人暮らしを始める決断に至るまでの葛藤は、発達障害者が抱える社会的・家族的な困難をリアルに描写しています。
そして、発達障害をオープンにした上での面接に臨み、新しい職場で自分の得意分野を活かしながら生き生きと働く姿(これは精神障害者雇用編の8巻で確認することができます)は、多くの発達障害当事者に勇気と希望を与えます。
ポイント:自分の得意なことを活かし、「できないこと」は無理にしない勇気
このエピソードから学べるのは、「できないことを無理に克服しようとするのではなく、自分の得意なことを見極め、それを活かしていく」というスタンスの大切さです。社会や職場が自分の特性を理解してくれないなら、新しい環境を探すのも正しい選択。これが働く上での覚悟となり、生き方の指針となるのです。
パーソナリティ障害と「働く」:小山内風花の挑戦『シュリンク-精神科医ヨワイ-』4巻~5巻収録
続いて紹介するのは、境界性パーソナリティ障害を抱える女性・小山内風花の物語です。
彼女の心には常に「見捨てられるかもしれない」という強い不安があり、その影響で人間関係を極端に「家来か敵か」と二分してしまう傾向を持っています。この症状は、感情の激しい起伏や衝動的な行動、人間関係の不安定さを引き起こし、職場や日常生活での適応に大きな困難をもたらします。
物語の中で風花は、精神科デイケアに参加しながら、自己理解を深め、感情や行動をコントロールする術を少しずつ学んでいきます。

(写真 Canva)
そして彼女は、自身の病識と向き合いながら、「本当に自分がやりたいこと」を模索する中で、花屋で働くという新たな道を見つけます。
そこには、これまで依存的だった人間関係や、自己否定に満ちていた過去の自分と適切な距離を取りながら折り合いをつけていく過程が描かれています。自分の気持ちを他人にぶつけるのではなく、自分で抱えて、選び取る力を獲得し始めた彼女は、転職というかたちで一歩ずつ自立の道を歩み始めます。
ポイント:自己理解と他者理解の積み重ねが「働く」を支える
風花の成長のカギは、「自分の感情を見つめること」、そして「他者との適切な距離感を学ぶこと」にあります。
境界性パーソナリティ障害は、単に「治す」という視点だけで語られるものではなく、自己理解と他者理解の積み重ねの中で、自分なりの折り合いを見つけていくプロセスが何よりも重要です。
社会の中で働くには、感情のコントロールや対人スキルが求められますが、それらは短期間で習得できるものではなく、支援を受けながら少しずつ育てていくものです。
だからこそ、風花のように時間をかけて回復し、「自分らしく働く」道を選び直す姿は、同じように葛藤を抱える多くの人たちにとって、大きな勇気と希望を与える物語となっています。
薬物依存症と「働く」:狐島唯人の回復と再生『シュリンク-精神科医ヨワイ-』12巻~13巻収録
最後に紹介するのは、薬物依存症からの回復を目指す男性・狐島唯人のストーリー。彼は、過去のトラウマや孤独から逃れるために薬物に手を出し、結果として違法薬物使用で逮捕されてしまいます。刑務所での厳しい生活は、社会から完全に隔絶されるだけでなく、「犯罪者」という重いレッテルを心に刻みつけ、彼の心には厚い鎧が形成されました。
この鎧は、外の世界に対する恐怖や不信感の象徴であり、釈放後の彼の社会復帰をさらに難しくする壁でもありました。再び社会の一員として「働く」ことは、孤立や差別、偏見との戦いでもあります。犯罪歴や依存症歴を持つ者が職を得て継続的に働くことは簡単なことではなく、唯人はその現実と直面しながらも、回復支援施設「ダルク」を通じて、同じような境遇の仲間たちとのつながりの中で少しずつ自分自身と向き合っていきます。
ポイント:「依存の反対語は回復ではなく、人とのつながり」
この作品の中で特に胸に響く言葉があります。
「”依存”の反対語は回復ではなく、”人との繋がり”である」(13巻 P203)
これは、薬物依存症が単なる意志の弱さや「甘え」ではなく、社会的孤立や深い心の傷から生まれた「孤独の病」であることを示しています。真の回復には、医療的な治療だけでなく、社会や仲間とのつながりが欠かせません。まさに「働く」ことは、その社会とのつながりを回復する重要なステップであり、自己肯定感を取り戻すきっかけでもあります。
また、唯人が精神科医・弱井幸之助から
「本当の自立とは、誰にも頼らずに生きることではなく、“依存先を自分で選べる自由があること”」(13巻 P197)ということを教えてもらうシーンも印象に残ります。
唯人は、かつては薬物という“逃げるための依存”に囚われていました。けれども今は、自らの意志で人とのつながりや支援の手を選び取ることで、もう一度「社会の中で生きていく」ことを始めています。この変化こそが、彼にとっての「自立」への一歩であり、「回復」の本質なのだと思います。

(写真 Canva)
犯罪者というレッテルに苦しみながらも、自分の居場所を見つけようとする唯人の姿は、
薬物依存症に限らず、さまざまな困難を抱えるすべての人にとって、希望と可能性を示してくれる存在です。
「働く」という挑戦は、誰にとっても特別な道のり
この漫画『シュリンク-精神科医ヨワイ-』に描かれた3つの物語は、それぞれ異なる精神的課題を抱えながらも、働くことに向き合うリアルな姿を描き出しています。
- 発達障害を受け入れ、自分の得意分野を活かす覚悟
- 自己理解と他者理解を深め、感情のコントロールを学ぶ成長
- 孤独やトラウマを乗り越え、仲間や社会とのつながりを得る回復
どの道も決して簡単ではありませんが、社会が多様な個を受け入れ、支援することができれば、「働く」という行為は本人にとって自己実現や生きがいにつながるはずです。
そして、働くことに困難を抱える人々自身も、「自分らしく働く」ための選択肢や環境を模索し続けることが何より大切です。
最後に
精神障害や依存症を抱える人にとって、「働く」という挑戦は多くの壁に直面します。
しかし、『Shrink~精神科医ヨワイ~』は、その壁にぶつかりながらも前に進む人々の姿と、それを支える社会の在り方を、リアルかつ希望に満ちた形で描いています。
もし、あなた自身が「働く」ことに悩んでいたり、身近にそういう人がいるなら、この作品を手に取ってみてください。
そこには、「働くとは何か」「共に生きるとはどういうことか」という大切な問いが、優しく、しかし確かに描かれています。
『Shrink~精神科医ヨワイ~』は、心の問題に対する理解を深め、それに悩む人々への共感と支援の重要性を再認識させてくれる作品です。ぜひ手に取って、その魅力を感じてみてください。
PART1はこちら:マンガ『Shrink(シュリンク)~精神科医ヨワイ~』にみる“働くという挑戦

